固定索などのロープから引っ張られた支柱が倒れないか?耐えられるか?
シンプル架線を安全に設置いただくことを狙いに、大きな力が働く「支柱」に必要な耐力について解説します。
支柱は、山林では立木を使いますので、同じものだとお考えください。
本ブログで言及する「固定索」は支柱に掛けられるロープのことをいいます。固定索は主索、本線、親綱と呼ぶことがあります。
モーメントを知る
安全のためには、実際に働く力の大きさを知り、それを十分上回る耐力をもった資材を使うことが肝心です。
固定索に働く力は、キロやトンなどの[荷重の単位]で表されます。
目安になる数字は製品に表示されている「破断荷重」です。
破断荷重はその資材が持つ限界の耐力を示しています。
では支柱の耐力はどう見たらいいでしょうか。
支柱に働く力はトン・mなどの[モーメントの単位]で表されます。
しかし天然の木にはこれに相当する仕様表示がありません。したがって木の直径や取付高さなどの姿から、モーメントを推定するのが現実的です。
はじめに、支柱の高さHのところに固定索を取り付け、張力Tの力で水平方向に引っ張る様子を想像してください。
支柱の耐力は、引き倒す力への抵抗力です。この力を、「モーメント」と呼びます。
モーメントは、取付高さHと張力Tのかけ算で表されます。
単位はトン・m(トン・メートル)で表します。
ロープの破断荷重はトンやキロだけで表しましたが、モーメントは長さの単位のメートルを含んでいることにご留意ください。
つまり高さHと張力Tのどちらが大きくなってもモーメントは大きくなります。言葉が違いますが、モーメントは「テコ」と同じ意味だということが分かります。
張力Tをどんどん大きくしていく、あるいは取付高さHを大きくしていくと、この支柱はやがて、根返りや幹折れを起こして転倒します。
転倒の限界に達したモーメントを「転倒モーメント」といいます。
スギの転倒モーメントは、胸高直径の2.76乗に近似することができます。
これは近似式ですので、すべてのスギに当てはまるということではありません。
また他の樹種にもあてはまりませんので、参考に留めてください。
ということで、スギの場合の目安となりますが、胸高直径15センチから30センチについて転倒モーメントを計算しました。
すると、胸高直径15センチなら転倒モーメントは1.8トン・m、20cmなら3.9トン・m、25cmなら7.2トン・m、30cmなら12トン・mでした。
いかがでしょうか。幹が太くなると転倒モーメントは累進的に大きくなります。
しかしモーメントの数字の大きさはまだピンとこないかもしれません
張力1トンで倒れるか、耐えられるか
そこで、胸高直径ごとに、取付高さを変えて倒れるかどうか具体的に判定してみました。
胸高直径が15センチのスギは転倒モーメント1.8トン・mの耐力を持っています。
固定索に働く1トンの張力に対して、高さ何mまで持ちこたえるでしょうか。
最大張力1トンとして、取付高さが1mのときは1.8トンまで耐えるため倒れません。
しかし高さ2mでは、限界の0.9トンを超えるため倒れてしまうことが予想されます。
胸高直径20センチのスギはどうでしょうか。
この径なら、転倒モーメント3.9トン・mの耐力を持っています。
高さ4m以上は転倒モーメントを超えるため危険です。
胸高直径25センチのスギはどうでしょうか。
この径なら転倒モーメント7.2トン・mの耐力を持っています。
張力1トンに対して、いずれの取付高さにおいても転倒モーメントを超えず、耐力に余裕を残しています。
以上、胸高直径25センチまでのスギについて判定を行いました。
この規模の架線なら25センチ以上あれば支柱として柔軟に使えそうです。
また直径15センチのスギは支柱としては危険ですが、アンカーとしては使えます。
モーメントの視点から立木の耐力を見ることができれば、支柱の選択肢が広がります。
以上は、荷重100キロの空中運搬を前提に、固定索の最大張力を1トンと想定し山林に生えているスギの場合の耐力の判定です。この点をどうかご了承ください。
耐力に影響する太さ(直径)以外の要因
前述のスギの耐力についての判定予想は、「山林に健康状態に問題なく生えているスギ」を前提にしています。
立木の耐力は、樹種によっても変わります。また腐りや枯れがあるなど、健康状態に問題があれば、転倒への耐力が大きく損なわれることがあります。
そして土壌も関係します。火山礫土や果樹園にある立木、そして街路樹はしっかりした姿に見えても、倒れやすいことがあります。
これらの要因も立木の耐力に影響することをどうか念頭に置かれてください。
転倒を避ける対策 ~モーメントを減らす~
ここからは、転倒を避ける対策についてご説明します。現場では理想通りに立木が生えていることはなく、選んだ支柱に不安が残ることがあります。「支柱が細い」「取付位置が高い」「張力の向きが水平に近い」「土壌がゆるい」などの不安要素は、立地上変えることが難しい問題といえるでしょう。
そのため、支柱に働くモーメントを減らし、倒れにくくすることが有効な対策となります
そして運搬条件の要請がある場合は、固定索の高さと張力の大きさを変えずに対策することが求められます。
したがって、対策のバリエーションは限られてきます。
まず力の向きを傾けると、モーメントを減らせることをおさえておきましょう。
これは、支柱に働く力のうち、垂直な成分だけがモーメントとして働くからです。
地上にまっすぐ生えている立木の場合は「水平成分の力だけ」となります。
したがって、水平方向に働くときは張力の100%がモーメントになりますが、傾き30°のときは水平成分が87%となるため、モーメントは13%減少します。
そして傾き60°のときは水平成分が50%となり、モーメントは半減します。
そして真下に向くと水平成分がゼロになるため、モーメントはゼロになります。しかし潰す力として働くため、決して細い木で良いということではありません。
こうしたモーメントの性質の認識した上で、効果的な対策を3つ上げたいと思います。
●1つ目は、より高い場所に生えている立木があれば、それを支柱にすることです。
固定索を地際に取り付けることで、モーメントを大きく減らすことができます。
その上、細い木を選ぶことが可能になります。地形の利点があれば確実な改善策となります。
●2つ目は、アンカーを使って力を下向きにする方法です。
固定索は支柱に付けられたプーリーを介して延長し、アンカーに固定します。
支柱に働く張力は2つになりますが、合成した力が下向きになるためモーメントを大きく減らすことができます。
またアンカーに対しては固定索が低く取り付けられているため、アンカーにかかるモーメントは小さく抑えられます。
●3つ目は、控索(ひかえさく)を使って力を下向きにする方法です。
固定索と控索がそれぞれ固定されるため、張力の大きさは同じになりませんが合力は下向きに変わりますので、モーメントを大きく減らすことができます。
モーメントを減らす対策例を紹介します。
こちらはアンカーを使った例です。
支柱1は胸高直径35センチで、転倒モーメント18トン・mの耐力があります。
ここでは高さ3mのところに固定索を掛けています。
固定索がアンカーに延長されたことで、張力が二つになりましたが合力としてみると力の大きさは0.35倍になります。
さらに注目すべきは、合力がほぼ真下を向いていることです。
そのためモーメントはほぼ打ち消され、転倒リスクを最小化することができました。
他方、アンカーのほうはどうでしょうか。胸高直径は18センチと細めで、転倒モーメントが2.9トン・mしかありませんので、支柱としては使いづらい木です。
しかし地際から30センチに取り付けてモーメントを0.3トン・mに抑えているため細い木ですが十分余裕を残した状態になっています。
アンカーを使ってモーメントを減らした、別の対策例を紹介します。
この支柱は胸高直径38センチで、転倒モーメントが23トン・mの耐力を持ちます。
固定索はアンカーに延長されたことで、張力が二つになりましたが合力の大きさは0.35倍に減少しました。
そして合力は概ね下向きになっていますので、モーメントは大きく減っています。
こちらも転倒リスクの少ない状態になっていることがお分かりいただけるでしょう。
ここで細かい注意事項をお伝えします。
まず固定索の取付高さ(張力が働く位置)はベルトスリングを巻いた高さになるということです。
ベルトスリングの余尺が伸びてプーリーがやや低い位置に掛かっていますが、プーリーの高さでモーメントを計算すると過少見積もりになるのでご注意ください。
またベルトスリングの余尺が伸びた方向に注目ください。この方向と合力の方向は一致しています。つまり実際の合力の方向がイメージ通りだったいうことです。
これは大切な確認作業です。力の大きさは目視で分かりませんが、「力の方向」は目視で確認できることにご留意ください。
目視だけの簡単な作業です。固定索を緊張させた後は、力の向きがご自分の予想した通りであったかを、ぜひ検証してみてください。
以上